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高松高等裁判所 昭和31年(ナ)1号 判決

原告 川村徳三郎 外一名

補助参加人 工藤健太郎

被告 徳島県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用中原告等補助参加人の参加によつて生じた分は同参加人の負担とし、その余は原告等の負担とする。

事実

原告等は「被告委員会が原告等に対し昭和三十一年四月二十四日為した訴願の裁決を取消す。昭和三十年十月二十日執行の徳島県麻植郡鴨島町長選挙はこれを無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告指定代理人等は原告等の請求棄却の判決を求めた。

原告等及び原告等補助参加人が請求の原因として陳述した事実の要旨は次の通りである。

一、徳島県麻植郡鴨島町長選挙は昭和三十年十月二十日行われ、之により候補者河野進は四千九百七十二票を以て当選し候補者川真田徳三郎は四千五百三十票の得票で次点となつた。然かしながら原告等は右選挙には無効の原因があると思料したので昭和三十年十一月三日鴨島町選挙管理委員会に異議の申立をしたところ昭和三十一年一月九日附を以て右委員会は申立棄却の決定をした。よつて原告等は更に同月二十七日被告委員会に訴願の申立をしたが被告は同年四月二十四日附を以て右訴願を理由なきものとして棄却の裁決をした。然しながら原告等及び原告等補助参加人は以下陳述する理由により右選挙は無効なりと思料するので本訴を提起した。

二、昭和三十年十月二十日執行された右鴨島町長選挙の第一投票所(鴨島小学校講堂)においては同日午前七時の投票開始の際、予め選任されていた投票立会人三人の中森本豊吉が参会していない。同人は定刻に参会することが出来ない事情があつて事前に投票管理者にその旨電話連絡してあつたのであるから投票管理者戸田禎三郎は公職選挙法第三十八条第二項により投票立会人を選任し投票に立会わしめねばならぬのに、このことなくして投票所を開き投票を為さしめた。而して右森本豊吉は後刻投票所に参会しているけれどもその時刻が分明でないから右投票所における投票総数二千六百四十八票の中、投票立会人の定足数を欠き無効とすべき票と然らざる票を分別するに由なくかかる場合は右投票全部を無効と看做さざるを得ない。然らば右選挙における当選者と次点者との得票差は四百四十二票であり右無効投票数はその約六倍に当る二千六百四十八票であるから右選挙の規定違反は選挙の結果に異動を及ぼすこと明らかである。

三、次に右第一投票所においては公職選挙法施行令第三十四条の規定に違反し、投票管理者が選挙人が投票する前に投票所内にいる選挙人の面前で投票箱を開きその中に何も入つていないことを示していない。

四、昭和三十年十月二十一日右選挙の開票に際し開票所(鴨島小学校講堂)に入ることが出来ない者が三名(新聞記者工藤貞平、同石原明及び同時に行われた他の選挙の開票立会人上田芳治)常に開票所に出入しその秩序をみだしていたに拘わらず之が取締につき開票管理者戸田禎三郎は公職選挙法第七十四条に基づく法的措置を執らず放任した。鴨島町選挙管理委員会においては本件選挙につき投票用紙一万四千枚を準備したが有権者総数は一万三千百四人であつたので残八百九十六枚は使用せざりし筈のところ、この八百九十六枚の用紙が行方不明となつている事実があり右開票所の混乱に乗じて右用紙を利用し投票の差替えが行われなかつたと保証しうる者はない。

五、右選挙における鴨島町選挙管理委員会の不在者投票用紙交付手続には次のような違法がある。

1、請求せざる選挙人七十名に対し不在者投票用紙及び封筒各七十枚を交付した。

2、証明書に証明者の印なきにも拘らず之に基づき不在者投票用紙及び封筒各一枚を交付した。

3、投票所入場券の呈示なく且之に代るべき何等の措置なくして十八名に対し不在者投票を為さしめた。

4、不在者投票用封筒に立会人の署名はあるが捺印なく且契印のないまま保存したものが三十八枚ある。

右選挙における不在者投票数は百二票に過ぎぬから之の無効のみでは未だ選挙の結果に異動が生じないとしても、前記三、四の違法事実と牽連累積して選挙の結果に異動を及ぼす虞があるのである。

被告指定代理人等は右に対し答弁として要旨次の通り陳述した。

一、の事実は認める。

二、の事実は否認する。投票当日午前七時前投票管理者戸田禎三郎は投票立会人森本豊吉より所用の為定刻より少し遅れる旨電話連絡があつたので鴨島町選挙管理委員会の職員日野出一を公職選挙法第三十八条第二項に基づき投票立会人に選任し投票立会人大池義勝、日野出一の三人を以て午前七時投票を開始し約十五分遅れて右森本が到着したので日野出一と交替し引続き投票を行つた。

三、の事実も否認する。投票管理者戸田禎三郎の命により、その事務従事者八木田幾久夫及び上田清美が投票開始に当り投票所内にいる選挙人の面前で投票箱を開きその中に何も入つていないことを示している。仮に示していないとするも事実において投票箱の中には何も入つていなかつたのであるから右の違法は選挙の結果に影響を及ぼす虞がなく選挙を無効とすべきでない。

四、原告等主張の者三名が開票所に入場したことは認めるがその為に開票事務が混乱したような事実はない。

仮に右の者等が投票に手を触れた違法があるとしても、それ以上に何等作為(投票の抜取り、差替、増減等)をしたものでないから、選挙の結果に影響はない。

五、の事実も否認する。

本件選挙における不在者投票の総数が百二票であることは認めるがその全部について有効な証明書が存在しており、鴨島町選挙管理委員会の本件不在者投票の処理は適法適式に行われている。原告等の五、1、2の各主張は当を得たものではない。3、不在者投票には入場券を呈示する必要なし。4、封筒に立会人の捺印、契印がなくとも該投票の効力には何等の影響を与えない。仮に百歩を譲つて百二票につき違法の点があるとしても、当選者と次点者との得票差が四百四十二票である本件においては右違法は選挙の結果に影響を及ぼす虞がない。従つて選挙を無効とすべきものでない。

以上が当事者双方の陳述した事実の要旨である。

(立証省略)

理由

昭和三十年十月二十日執行された徳島県麻植郡鴨島町長選挙において候補者河野進が四千九百七十二票で当選し候補者川真田徳三郎は四千五百三十票を得たが差四百四十二票で次点となつたこと原告等が右選挙につき違法の点ありとしその無効を主張して同年十一月三日鴨島町選挙管理委員会に異議を申立てたが棄却され(昭和三十一年一月九日附決定)原告等より更に被告に対し訴願を提起したが(同月二十七日)その理由なしとして同じく棄却された(同年四月二十四日附裁決)ことは何れも当事者間に争がない。然るに原告等及び原告等補助参加人は前記事実欄摘示の諸点を挙げて右選挙の効力を争うので以下順次検討する。

一、「投票立会人が三人に達しないときはその投票所における投票は無効である。本件選挙における鴨島第一投票所(鴨島小学校講堂)においては投票立会人は森本豊吉、大池政一、日野義勝の三人を選任してあつたのに右森本豊吉は定刻に参会せず、投票立会人二人のみで投票を開始した。而して右森本は後刻参会したけれどもその時刻が分明でない。従つて投票立会人が三人に達した時とその以前に分ち投票の有効無効を区別する術がない。かかる場合は投票全部(二千六百四十八票であること当事者間に争がない)を無効とすべく、当落の差四百四十二票である本件選挙にあつては右の違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞あること明らかである。」以上が原告等主張の第一点であるが成立に争のない甲第十三号証に証人森本豊吉、戸田禎三郎、日野出一の各証言を綜合すれば、昭和三十年十月二十日鴨島第一投票所において本件選挙の投票を開始するに当り定刻の午前七時約十分前、選挙事務職員である日野出一が投票立会人森本豊吉に電話を以て参会方督促したところ所用の為二、三分遅刻する旨応答があつたので、この旨投票管理者戸田禎三郎に告げた。定刻に至るも森本が参会しない為、戸田禎三郎は已むなく右日野出一を投票立会人に選任し定時に投票を開始したところ間もなく約二、三分乃至五、六分遅れて森本豊吉が到着したので戸田は即刻右日野出一を森本豊吉と交替せしめ投票を続行、同日の投票を終了した事実を認めることが出来る。証人宮本誠一の証言中右に牴触する部分は採用し難く又成立に争のない甲第十号証(投票録)中の右と異なる記載部分も採用しない。(投票が適法に行われたかどうかの証明方法は投票録のみに限定されず、それ以外の証拠によつても之を証明することが出来る。大審院昭和三年(オ)第七号、同三年十二月一日、評論一八巻諸法一一九頁。同大正一〇年(オ)第七八三号、同一一年二月八日、民集一巻二五頁参照)。その他に右認定を左右せしめる証拠はない。然らば右認定の事実は投票管理者戸田禎三郎が公職選挙法第三十八条第二項により投票立会人日野出一を選任し更に同人を解任して森本豊吉を選任し(日野出一の選任により森本が資格を喪失したから。大審院大正九年(オ)第七九八号、同九年一〇月二七日、民録二六輯一五九〇頁参照)終始投票立会人の定数を欠くことなく投票を行つたものと解せられるのであつて何等選挙の規定に違反するところはない。

二、次に原告等主張の第二点につき案ずるに、成立に争のない甲第二十四、二十五、三十一号証に証人牧野一翁、宮本誠一、大池政一、日野義勝、戸田禎三郎、上田清美、日野出一の各証言を綜合すれば、右鴨島第一投票所においては投票前、事務職員上田清美、八木田幾久夫が投票管理者戸田禎三郎の命により投票箱を投票所内にいた選挙人の面前で開いたのであるが、先づ投票管理者及び投票立会人にその中に何も入つていないことを示し引続き場内の選挙人の方に黙つて投票箱を向けたに過ぎない事実、従つて投票箱の空虚なことを確認したのは投票管理者及び投票立会人だけであり、場内の選挙人が果して之を確認したか否か明らかでない事情が窺われる。然らば右は未だ公職選挙法施行令第三十四条の「選挙人に示」す手続を履践したものとは言い難く、選挙の規定に違反するものであるけれども一方において前記証人大池政一、日野義勝の各証言によればその投票箱の中には何も入つていなかつた事実を認め得るのであるから右違法を選挙の結果に異動を及ぼすものとすることは出来ぬ(最高裁昭和三一年(オ)第五〇六号、同年九月二五日、民集一〇巻九号一一七四頁参照)。

三、次に成立に争のない甲第二〇、二三、三〇号証に証人宮本誠一、松島成三、戸田禎三郎、日野出一の各証言を綜合すれば、昭和三十年十月二十一日本件選挙の開票に際し新聞記者工藤貞平、同石原明及び本件選挙と同時に行われた教育委員補欠選挙の開票立会人上田芳治等が入場資格なくして開票所(鴨島小学校講堂)に入り投票に手を触れる者(右工藤貞平)もあつたが開票管理者戸田禎三郎、開票立会人工藤健太郎等に制止退場せしめられた事実を認めることが出来るけれども、之等不法入場者は右以上特段の所為に出たものでないことが窺われるから、開票管理者の右程度の取締の粗漏を以て選挙の結果に異動を及ぼす虞ある違法とは解し難い。

尚原告等は投票用紙の未使用残紙の行方不明を云々するけれども右は選挙の規定に牴触するものでないから採用の限りでない。

四、最後に不在者投票用紙の交付手続の違法の点につき検討するに、成立に争のない甲第一号証の一乃至十七、第二号証の一乃至十四、第三号証の一(イ、ロ、ハ)乃至四、第四号証によるも何等その手続に違法の点あるを認め得ず、

1、請求せざる選挙人に投票用紙等を交付したと認めるに足る証拠はない。

2、右甲第四号証によれば証明書に証明者の認印がないことは原告等主張の通りであるけれども之を以て選挙の規定に違反するものとすることは出来ず、

3、又不在者投票の方法は唯投票用紙及び投票用封筒を呈示すれば足り投票所入場券の呈示を要するものでないし、

4、不在者投票用封筒には立会人の署名を要するけれども之に押印し、或は封印することは必要でない。

よつてこの点に関する原告等の主張もその理由がない。

以上の通りであつて被告委員会の為した前記決定は結局正当であり之が取消及び本件選挙の無効宣言を求める原告等の本訴請求は失当であるから之を棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 三野盛一 加藤謙二 小川豪)

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